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先天性および若年性の視覚聴覚二重障害の原因となる難病の診療マニュアル(第1版)

小児科疾患の遺伝学的診断の伝え方

遺伝学的診断の方法

小児期に発症する稀少疾患の診断には、遺伝子解析などの手法を用いた遺伝学的診断が必要となる。遺伝子解析には高度な設備と技術が必要で、衛生検査所(いわゆる検査会社)での対応が困難な場合も多く、そのほとんどが限られた大学等の研究機関で実施されてきた経緯がある。また、稀少疾患の原因となる遺伝子は数千にも及び、遺伝学的診断が可能な疾患は限られている。2018年現在、73疾患が健康保険の適応承認を受けているが、その多くは依然として衛生検査所への委託ができない状況であり、その体制整備が喫緊の課題となっている。

一方、研究分野では網羅的な遺伝子解析が可能な次世代シークエンサー(Next Generation Sequencer: NGS)が普及し、未診断疾患などの多くの原因遺伝子が次々に解明されている。このNGSを用いて、稀少疾患やがんの領域を中心に、網羅的な遺伝情報を診療に役立てるゲノム医療が日本においても急速に普及してきている。難病の分野では、日本医療研究開発機構(AMED)が主導する未診断疾患イニシアチブ(Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases: IRUD)が推進されており、未解明の疾患の原因遺伝子が解明され、その診断や治療が進むことが期待されている。このようにゲノム医療は研究分野では急速に進歩しているが、実際の診療における体制は十分に整っていないため、小児科疾患の遺伝学的診断の実施に関しては困難を伴うことも多い。

NGSを用いた遺伝子解析

近年の遺伝学的診断にはNGSを用いる方法が主流となりつつある。NGSを用いた遺伝学的診断には、検体処理、ライブラリー作成、シークエンサーのランといった作業(wet)を行ったのち、疾患の原因となる病的バリアントを検出するためのバイオインフォマティクス解析(dry)を実施し、さらに臨床情報や論文などを総合した最終判断を行う必要がある。こうしたNGSを用いた手法での診断率は30%程度であり、今後、診断率をさらに向上させるためには全ゲノム解析などの技術の向上のみならず、臨床情報のデータベースの充実も必要と考えられる。

また、NGSによる遺伝学的診断では同時に数多くの遺伝子を解析するために、当初は想定していなかった疾患のリスクにつながる病的バリアントが明らかになり、患者および血縁者に重大な影響を及ぼす可能性がある。こうした病的バリアントを二次的所見(secondary findings: SF)と呼ぶ。例えば、神経症状をもつ患者の遺伝学的診断においてBRCA1/2遺伝子などの家族性腫瘍に関連する病的バリアントが明らかになる場合などである。このSFに対し、米国人類遺伝学会(American College of Medical Genetics : ACMG)からは、家族性腫瘍や循環器疾患など予防法や治療法といった対応策のある、いわゆる”actionable”な疾患(27疾患59遺伝子)に関連する病的バリアントが明らかになった場合には、その告知を推奨する具体的な方針が出されている1)。一方、日本では2017年11月に日本人類遺伝学会から「次世代シークエンサーを用いた網羅的遺伝学的検査に関する提言」が発表されているが2)、具体的な方針に関しては各研究プロジェクトや医療機関など現場での対応に委ねられており、混乱を招く一因となっている。”actionable”と判断される遺伝子は、倫理的あるいは社会的なバックグラウンドの多様性によって異なると想定される。我が国独自の開示すべきSFのリストを早急に作成し、またそれを逐次アップデートしていく体制を整備することが急務である。

バリアントの評価

遺伝学的検査の報告書の内容を、患者やその家族に正確に伝えるためには、言うまでもなく遺伝学に関して充分な知識が必要となる。アレル、エクソン、イントロン、生殖細胞系列と体細胞系列、バリアント、複合ヘテロ接合、遺伝形式(常染色体性優性、劣性、X連鎖など)、欠失や重複、スプライス異常、ゲノムインプリンティングなどの専門的な遺伝学用語は枚挙に暇がないが、これらに習熟することは、報告書を理解するためにも必要となる。

既報告の遺伝子バリアントについては、Human Gene Mutation Database(HGMD)やClinVar、gnomADなどの疾患データベースを用いて検討することができる。しかし、こういった疾患データベースには不正確な情報が混在している場合があり、特に古いデータの場合にはその解釈に注意を要する。Web上で利用可能な機能予測ツール(Mutation Tester、Polyphen2、PROVEANなど)は参考になるが、これらはあくまでも予測であることを理解しておくことが必要である。また、この評価にはACMGのガイドライン3)も参考になる。多くの施設では、この基準でpathogenicあるいはpossible pathogenicの判断になった場合には、疾患の原因遺伝子として報告されている。しかしながらuncertainとなる遺伝子バリアントも多く、この中に疾患の原因となるものも含まれていることが想定される。動物実験やタンパク発現解析などにより、直接遺伝子バリアントの機能異常を証明することができれば診断として確実であるが、実際にはこうした証明は困難な場合が多い。確実でない診断結果は患者や診療に携わる医療者にかえって混乱をもたらす可能性があり、場合によっては報告を控えることも必要となる。現在、AMEDを中心に日本人の臨床ゲノムバリアントのデータベースの作成が進んでおり、uncertainと評価されるバリアントが減ることが期待されるが、当面の間は、遺伝学的検査を実施する側の主観的な判断がバリアントの解釈に多少なりとも含まれていることを理解しておくべきである。

よくみられる誤解

小児稀少疾患では、遺伝学的検査が最も確実な診断方法であるとは限らない。その疾患の原因が特定の遺伝子であった場合でも、その遺伝子に病的バリアントが見つからない場合がよくみられる。これは、現在の遺伝学的検査がエクソンとその周辺のみを解析しているため、イントロンや遺伝子の発現調整領域のバリアントなどには対応できないことが理由のひとつである。また、疾患の候補となる遺伝子バリアントが見つかった場合でも、特にミスセンスバリアントなど、前述のようにuncertainなど評価が定まらず疾患の原因かどうかが判断できない場合も多い。一方、例えばライソゾーム病などでは、酵素活性検査の方が診断としては確実である。このようにタンパクレベルで遺伝子産物を直接検出する方法が、遺伝子配列の解析よりも確実な遺伝学的診断となる場合もあることは認識すべきである。

また、原因不明の稀少疾患はNGSによる遺伝学的検査を実施すれば高い確率で診断できると一部では考えられているが、これは誤解である。NGSによるエクソーム解析の診断率は前述のように30%程度であり、これはIRUD等でも同等の成績であると報告されている。従って遺伝学的に診断に至らない場合でも臨床診断を否定するものではないことを、遺伝学的検査の実施前に患者と家族に充分に説明しておく必要がある。今後、全ゲノム解析等が実用可能となり診断率は上昇していくと予測されるが、そのためには臨床情報のデータベースなどの充実も重要となる。この観点においては、患者臨床情報を機械可読の標準形式とするための深層化表現型情報形式であるHuman Phenotype Ontology(HPO)の普及などが待たれる。

治療法がない稀少疾患を疑う場合、根本的な治療法につながらないことから、遺伝学的診断の実施に疑念を抱く場合は少なくない。しかしながら、遺伝学的に確実な診断を行うことで自然歴が明らかとなり将来の予測ができ、また次子の再発リスク算出、場合によっては出生前診断などの対応が可能となるかもしれない。さらに現在、我が国においても多くの稀少難病に対する治療法の開発が進められており、治験参加といった観点からも確実な遺伝学的診断は重要である。もちろん、遺伝学的検査を行うことで得られる情報の特殊性・多様性から患者および家族に心理的負担を強いるケースも多く、適切な遺伝カウセリングが重要であることは論を待たない。

結語

NGSによるゲノム医療の普及により、小児稀少疾患の遺伝学的検査は今後ますます重要になってくると想定される。全ての稀少難病の遺伝学的検査が保険診療でカバーされ、全国の医療機関からの依頼に対応できる体制の構築、検査結果を適切かつ正確に利活用し患者・家族に伝えることのできる人材の育成が、今後の大きな課題である。

参考文献

  • 1) Kalia SS, Adelman K, Bale SJ, Chung WK, Eng C, Evans JP, Herman GE, Hufnagel SB, Klein TE, Korf BR, McKelvey KD, Ormond KE, Richards CS, Vlangos CN, Watson M, Martin CL, Miller DT. Recommendations for reporting of secondary findings in clinical exome and genome sequencing, 2016 update (ACMG SF v2.0): a policy statement of the American College of Medical Genetics and Genomics. Genet Med. 2017;19(2):249-255.
  • 2) http://jshg.jp/wp-content/uploads/2017/11/237481cfae4fcef8280c77d95b574a97.pdf
  • 3) Richards S, Aziz N, Bale S, Bick D, Das S, Gastier-Foster J, Grody WW, Hegde M, Lyon E, Spector E, Voelkerding K, Rehm HL; ACMG Laboratory Quality Assurance Committee. Standards and guidelines for the interpretation of sequence variants: a joint consensus recommendation of the American College of Medical Genetics and Genomics and the Association for Molecular Pathology. Genet Med. 2015;17(5):405-24.

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