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先天性および若年性の視覚聴覚二重障害の原因となる難病の診療マニュアル(第1版)

成人人工内耳とリハビリテーション

  • (1)人工内耳の手術
    人工内耳は、耳の奥にある内耳に手術で電極をうめこみ、働きにくくなった感覚細胞の代わりに情報を聴神経に伝えることで、聞こえをある程度取り戻す医療技術のことです。
  • (2)聴こえの仕組み

    音やことばは、耳介で集められ、外耳道(耳垢が溜まるところ)を伝わり、その奥にある鼓膜に到達します。鼓膜の奥は中耳と呼ばれる空間になっています。空間には耳小骨という3つの骨があり関節で連結していて、伝わってきた音を大きくします。その最初の耳小骨は鼓膜に連結しています。3つ目の耳小骨は、カタツムリの殻のような形をしている内耳に連結しています。内耳では、3つの骨から伝わってきた振動を内耳の中の感覚細胞が電気信号に変換します。これは、情報を神経に伝えるためには振動を電気信号に変換する必要があるからです。高度難聴の方は、感覚細胞の障害のためにこの変換がうまく働かなくなっている状態です。電気信号に変換された情報は、聴神経を経由して脳に伝わります。

    このような難聴では、補聴器を使って音を大きくしても、内耳の細胞が働きにくくなっているので電気信号への変換も不十分なものになってしまい、思うようにことばが聞き取れない状態になってしまいます。

  • (3)人工内耳とは

    人工内耳とは、内耳を人工のものに交換する手術ではなく、働きにくくなった細胞の代わりに音の情報を電気信号に変換する電極を埋め込む手術なのです。

    手術で埋め込んだ電極に音を伝えるために、補聴器のようなサウンドプロセッサというものを耳にかけます。補聴器と違ってサウンドプロセッサにはケーブルと丸い形をした送信コイルがついています。送信コイルの真ん中は磁石になっていて、耳の上に手術で埋め込んだ受信機の磁石に皮膚の上から手術で埋め込んだ受信機にくっつくことができます。受信機は頭蓋骨と皮膚の間にあり、受信機の先の電極が内耳に入っています。サウンドプロセッサが取り込んだ音の情報を、皮膚を介して体内の受信機に送信することで聴こえる仕組みになっています。

  • (4)人工内耳の手術ができる病院

    手術は、一定の条件の施設基準を満たした病院でのみ手術が受けられます。

  • (5)人工内耳の適応

    人工内耳の手術は難聴があれば誰でも受けられるわけではありません。聞こえに関しては、中途失聴で、聴力レベルは70dB以上で、補聴器を使ってもことばの聞き取りに効果がない方が対象です。

    まず人工内耳の手術ができる病院を受診し、手術が可能かどうかの検査をします。検査は聴力やことばの聞き取りの検査、CTやMRIなどの画像検査だけではありません。全身麻酔をして手術を行うため、麻酔をして手術をすることが可能かどうか、血液検査、心電図、呼吸機能検査、尿検査などを行い全身状態に問題がないかを調べます。

  • (6)手術

    入院期間は、手術の数日前に入院し、期間は約7日間前後です。手術当日は朝から食事はできません。手術室に入り麻酔をします。すぐに眠くなるので手術が終わるまで痛みはありません。麻酔をした後、手術をする方の耳の横の毛を医師が剃ります。髪の毛を剃る範囲は少しなので、ほとんど目立ちません。

    手術は、人工内耳の体内部(インプラント)を埋め込む手術です。体内部は受信部とそこから電線が出ていて先端に電極が並んでいます。その電極の部分を内耳に穴をあけて挿入します。まず、髪の毛を剃ったところの皮膚をメスで切開し、耳の後ろの骨(側頭骨)のところに直径約1.5㎝程度の穴をあけます。そして内耳にも直径1㎜程度の穴をあけて電極の部分を挿入します。受信部は耳の上のところに固定します。開けた穴を骨で塞ぎ、皮膚を縫い合わせて終了になります。

    手術中に電極が正しく挿入されて動くかを確認するため、テストやレントゲン撮影をします。

    手術が終われば、手術室にいるときに麻酔が覚めます。

  • (7)聴覚リハビリテーション

    人工内耳からの聞こえは最初雑音のように聞こえてしまいます。その雑音を自分の頭の中にある音の記憶とすり合わせていく作業が必要になります。

    手術数日後に人工内耳を作動させます。最初に人工内耳を作動させる日を特別に「音入れ」と呼んでいます。それ以降、人工内耳のプログラムを調整することを「マッピング」といいます。リハビリにはこのマッピングと聞き取りの練習の2つがあります。

    • 1) マッピング

      マッピングでは、各電極をどのくらい刺激するかを決めます。人工内耳の電極数は12本、16本、22本とメーカーによって異なります。電極数が多いからと言って聞こえが良いわけではありません。マッピングは耳にかけたスピーチプロセッサとパソコンを接続して専用のソフトウエアを使って行います。

      ブブブ、ピピピなど低い音や高い音などいろいろな高さの刺激音を出します。まずは、何か聞こえるか聞こえないか、聞こえるならどのくらいの大きさの音かを言語聴覚士に知らせます。刺激音は小さい音からどんどん大きくなっていきます。メーカーによって異なりますが、聞こえはじめと大きくてよく聞こえるがうるさくないところを各電極で設定します。

      次に3-5電極を順番に聞いて各電極の大きさをそろえます。

      最後に、すべての電極を作動させ、ライブにした状態にします。最初は今まで聞いたことがある音とは全く違う音が聞こえてくるようです。宇宙人とかロボットが話すような声と例える装用者もいます。個人差もありますが、徐々に慣れてくるようです。

      最初は物音が聞こえる、言葉の一部がわかる、という状況なので細部の違いまで聞き分けられるわけではありません。今までコミュニケーションで使っていた指点字や触手話、接近手話などを併用しながら徐々に音声で聞こえる部分を増やしていきます。

      マッピングの頻度は年齢や人工内耳での聞こえの状況によって異なります。最初は月に1-2回、安定してきたら数カ月に1回のペースになります。

    • 2) 聞き取りの練習

      リハビリの方法は個々の聞こえの状態によって異なります。ある人が行っているリハビリが必ずしもご自身の状態に適しているとは限らないからです。今必要なリハビリについては担当の言語聴覚士から指示を受けるようにしましょう。

    • 3) 機器の操作

      サウンドプロセッサは充電池もしくは補聴器で使用しているようなボタン電池で作動できます。充電池は、何回か練習すれば一人で充電できるようになります。マップの変更、テレコイルの操作もリモコンを触って行うことができます。

      サウンドプロセッサと送信コイルをつないでいるケーブルがあります。ケーブルが断線した場合は交換が複雑なので、病院で交換するか第三者の協力が必要です。

    • 4) 電話

      ある程度言葉が聞き取れるようになると、固定電話や携帯電話で話ができる方もいます。受話器の当て方に工夫が必要です。最初は一部しか聴こえないかもしれませんが、何回も練習していくうちに少しずつ慣れて聞こえるようになってきます。

    • 5) 音楽

      音楽は、個人差が大きく、楽しんでいる方もいれば、なかなか音楽として聞き取れない方など様々です。

  • (8)おわりに

    人工内耳を装用するためには、全身麻酔をして手術を行う必要があります。しかし、いままで補聴器を使って効果がなかった難聴の方でも人工内耳を使うことによってある程度音やことばが聞こえる可能性があります。人工内耳について相談してみたい、と思われる方は人工内耳の手術を行っている医療機関を受診し相談してみてください。

参考文献

  •   加我君孝, 榎本千江子:盲ろう者と人工内耳.全国盲ろう者協会 コミュニカ2016年・春・第52号.
    杉崎きみの:聴こえるって そういうことなんだ!.全国難聴児を持つ親の会編. べる 2009;146
    中村公枝, 城間将江, 鈴木恵子編:標準言語聴覚障害学 聴覚障害学(第2版)藤田郁代監, 医学書院;2015

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