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先天性および若年性の視覚聴覚二重障害の原因となる難病の診療マニュアル(第1版)

養育、教育で大切にしたいこと

子どもたちが抱える困難性

盲ろうの子どもたちは、「光」と「音」が失われた、あるいは捉えにくい状態であるため、人間関係の育成、概念の形成、コミュニケーション方法の獲得、空間の方向定位と移動、日常生活技能の習得、社会生活への参加、余暇活動など、広範囲にわたり、困難さが生じます。

この中から、情報入手、概念形成、コミュニケーション、移動、それぞれの難しさについて考えてみます。

  • (1)情報を得ることの難しさ

    私たちはほとんどの情報を視覚と聴覚から得ています。しかも、何気なく目や耳に飛び込んでくる大量で広範囲の鮮明な情報を意識せずに得ることができますが、盲ろうの子どもたちは、その大部分が得られません。盲ろうの子どもたちが得られる情報は、直接触れるか、保有する視覚と聴覚で把握できる限られた範囲にある不鮮明な情報に限られます。

    また、これらの情報は、一度に取り入れられる情報量が極めて少なく、複数の情報の同時処理が困難なため、情報相互の関係性・因果関係、全体像の把握に多大な困難さを有しています。このため、当然知っているであろうことを知らないということもよく起こりうることです。

  • (2)概念形成の難しさ

    子どもは、乳幼児期から養育者の表情を見て、声を聞き、やりとりをし、感情の交流をしていく中で、世界を拡げ、さまざまな知識を育てていきますが、盲ろうの子どもたちは、音と光が失われた、あるいはほとんど届かない世界の中で、認識を育てていくことに困難さがあります。

    人や物に名前があること、ひとつの概念を獲得するまでに意図的な働きかけと多くの時間が必要とされます。

  • (3)コミュニケーションをとることの難しさ

    子どもたちは成長していく過程で、たくさんの人や物、周囲の様子、景色等をみて、ことばや音を聞いて、物事を認識し、ことばを発していきます。保護者の方が犬を指さして「ワンワンいるね」ということばを聞いて、これはワンワンという理解をし、ワンワンとよびます。毎日、数え切れないほどたくさんの視覚と聴覚からの情報を浴びます。こういった情報が入らない盲ろうの子どもたちが、物に名前があること、物と名前とを一致させる、相手の伝えようとしていることを受け止め、自分の思いを伝えること、そして、双方向のコミュニケーションをとるまでには、多くの時間と意図的な働きかけが必要になってきます。

    身振りなどを含めてコミュニケーション手段の獲得には、それが対応する概念の理解が前提です。概念の形成そのものに難しさがあるために、コミュニケーション手段の獲得には意図的な関わりと非常に多くの時間を必要とすることを踏まえて、お子さんに関わっていくことが大切です。

    また、物の名前を教える場合、同時に二つの情報を摂取することが困難です。たとえば、何かを触っている時に、全盲の子どもであれば、音声言語によって、触っている物を説明することができますが、盲ろうの子どもには、触っている手を止めさせ、情報を伝えなければなりません。

    そして、盲ろうの子どものコミュニケーションは1対1が基本であり、時間もかかるため、コミュニケーションの量が圧倒的に少なくなってきます。そのコミュニケーションも一人ひとり異なるコミュニケーションのモードと方法を有しています。

    既に、コミュニケーション手段を獲得した上で、盲ろうになった場合と違い、先天性の子どもたちが、身振りサイン、触手話など、一人一人のコミュニケーション手段を獲得するまでには、系統的な働きかけと多くの時間を必要とします。

  • (4)移動することの難しさ

    視覚からも聴覚からも情報が入りにくい、入らない中で、嗅覚や触覚によって、空間を把握することは非常に困難であり、行きたい時に、行きたい所に行くことの難しさがあります。まして、点字ブロックから離れたり、介助者がそばにいなくなったりした状態になると、基準となる物がなくなり、自分がどこにいるのか、全く分からない状況になってしまいます。

盲ろうの子どもたちに関わる時に大切にしたいこと

  • (1)人間関係をつくり、心理的な安定を図ること

    声や音、光も届かない、届きにくい世界の中にいる盲ろうの子どもたちにとって、人の存在こそが外の世界に繋がる窓口です。安心できる関係づくりが大事です。

    そのためには、盲ろうの子どもの表情、視線、身体の動き、身振り等から、気持ちや思いを読み取っていくことが大切です。子どもが注意を向けていることやものに、一緒に注意を向けてみましょう。たとえば、テーブルの上をトントントン・・・と叩いているお子さんが叩くのをやめた時、そばにいる人がトントントン・・・と同じように叩きました。お子さんは、少し間をおいた後、にっこりして、もう一度、トントントントン・・・と叩き返してきました。これはやりとりの一例です。子どもは、自分の気持ちが分かってもらえている、受け入れてもらえているという安心感をもちます。一緒にいて安心できる関係づくりがとても大切です。自分が伝えた気持ちが分かってもらえる、かなえられる、それを重ねることがコミュニケーションの土台にもなります。

    盲ろうの子どもたちは、周囲の人たちの様子を見て、周りの人に感情があって、それをいろいろな方法で表現しているということが分かりません。まずは、子どもたちが、さまざまな状況の中で、感情を体験する(心が動く)ことが大事なことです。好きな遊びをたっぷりして、積極的に子どもの感情を受け止め、感情を伝え、「楽しいね」「悔しい」といった感情を共有していきましょう。

    また、子どもの考える時間、考えて反応するまでの時間を保障することも必要なことです。どうしてもすぐに反応を求めがちになりますが、子どもの様子を観察しながら、子どもからの何らかの発信を待つこと、子どもが納得するまで時間を十分確保することが大切です。

  • (2)実際の体験を積み上げていくこと

    視覚と聴覚からの情報が入らない、入りにくい中で、得られる情報が限られ、また絶対的な経験の乏しさがあります。当たり前のこと、当然知っているであろうことが分からない、抜け落ちていることが多々あります。

    そのため、概念形成の基盤となる実体験を積みあげていくことを大切にしていきましょう。体験してはじめて、周囲で起きていることが理解できます。

    たとえば、サラダに入っているトマトしか食べたことがなければ、切って料理してあるトマトだけがその子どもにとってのトマトです。しかし、トマトを植え、育て、もぎ取って観察し、(自分で包丁を使って切って)食べることで、トマトについて全体像を理解することができるのです。

    たっぷりの時間があるときは、ご家庭の中でも、料理、掃除、洗濯などをお子さんのペースでじっくり一緒にやってみましょう。まずは、今から何をするのかを伝えましょう。サイン、手話、音声を使ったり、実物を触らせたり、見せたりして、今からすることを伝えてからはじめると、お子さんも見通しを持ちやすくなります。たとえば、「洗濯をする」ということを、お子さんに伝えるときに、洗濯する物や洗濯機を触らせたり、洗剤の香りをかがせたりすることで伝わるお子さんもいると思います。

  • (3)子どもの障害の状態に応じた方法で情報を提示すること

    視覚と聴覚の状態に応じて、触覚や嗅覚を活用するなどわかる方法で、必要な情報をわかりやすく一貫して伝えることが大切です。そして、物事の因果関係の理解が進み、行動の切り替えが納得しやすいように、「どうしてそうするのか」の理由も伝えるようにしましょう。

    先天性の盲ろうの子どもたちは、サインや言語によるコミュニケーションがまだ難しい子どもたちがかなりの割合を占めています。その子どもたちにわかる方法での提示を考えていきましょう。

    たとえば、次のような方法があります。

    • 1)ネームサインの活用

      自分が誰なのか、名前の印や合図を決めて、必ずそれを使って子どもに名乗ることが大切です。誰が来たのか、特定できる情報を提供しましょう。個人を特定する物(たとえば、タオル地のアームバンド、ビーズの腕輪、ふわふわの髪飾り、色鮮やかなエプロンなど)を身につけて、判別できるように心がけましょう。決まった物や香りと人が結びつくように、いつも同じ物にしましょう。そして、そばにいるのかいないのかわからないので、そばに来たことをきちんと伝え、そばを離れる時は離れることも伝えましょう。

      ネームサインの一例 ネームサインの一例

      ネームサインの一例

    • 2)オブジェクト・キューやスケジュールボックスの活用

      見通しをもって、安心して活動するために、次の活動や行く場所をかならず予告しましょう。活動の予告、一日の見通しとして、その活動を象徴する物(オブジェクトキュー)やスケジュールボックスを活用します。オブジェクト・キューは、子どもにとって、活動をイメージしやすい物を使用しましょう。たとえば、給食はスプーン、図画工作はスモックというように、実物、実物の一部といったかなり具体的なもので、子どもにとって活動をイメージしやすい物、活動の中で使用する物から抽象的な物まで、子どもの実態に応じて考えていくことが大切です。病院のオブジェクト・キューを聴診器にして、通院する時は、ご家庭で事前に聴診器を提示し、「今から通院する」ことを伝えている例もあります。

      使い方もオブジェクト・キューを使うことで、どんなことを分かってほしいのか、見通しをもって安心して活動するために使う、次の活動や行く場所の予告として活用する、子どもに選択させるために使う、一日の活動の振り返りとして使うなど、対象となるお子さんにとっての目的を明確にすることが大切です。

      オブジェクト・キュー右はブランコのオブジェクト・キューの画像です。実際に握るチェーンと同じ素材にして、活動をイメージするツールとしての意味合いを持たせた物にしています。

      今日の予定や時間割については、文字や絵カード等で伝えることで、把握できるお子さんもいれば、それが難しいお子さんもいらっしゃると思います。そこで、子どもたちの実態と活動に応じた時間割、スケジュールボックスを考えてみましょう。

      提示したスケジュールボックスは、一例です。使う子どもにとって分かりやすく、意味あるものを使用して、一日の活動の流れを示しています。スケジュールボックスの中に入れるオブジェクト・キューは、実物、実物の一部といったかなり具体的なものから抽象的な物まで、子どもの実態に応じて考えていくことが大切です。また、提示の仕方も一日の流れを提示することが有効なお子さんもいますし、まずは次の活動を提示するという段階のお子さんもいらっしゃると思います。

      スケジュールボックスの一例

      スケジュールボックスの一例

    • (4)活動の始まりと終わりを明確に、なるべく活動の全過程に関わるようにすること

      いつ始まり、いつ終わったのかが分かりにくいので、それが明確に分かるように、はっきりした合図を決めて子どもに伝えましょう。一緒に活動の準備をすることは、活動の始まりの予告になり、一緒に後片づけをすることで、活動が終わることも理解できます。

      たとえば、マットの上でマッサージをするという活動の時に、準備を一緒にし、片付けも一緒にすることによって、活動の始まりと終わりが明確になります。

      そして、なるべく活動の全過程に関わるようにしましょう。一部分だけでは全体が分かりませんので、どんな簡単なことでもいいので、始めから終わりまで一連の活動に取り組めるようにしていきましょう。その時に、「いや」「やりたくない」も選択肢の一つであり、そこがコミュニケーションの糸口にもなります。

    • (5)子どもにとって「意味のある」興味関心のあることから出発すること

      視覚と聴覚からの限られた情報と経験の圧倒的な乏しさから、当然、知っているであろうことを知らない、ということが生じ、興味関心も限られてきます。その興味関心を意図的に学習につなげていきましょう。子どもたちが、意欲をもって学習に取り組めるようにしていくことが大切なことです。たとえば、鉄道が好きな子どもには、鉄道の話題から理解できることばをふやし、概念を育てることもできます。子どもたちが、意欲をもって学習に取り組めるようにしていくことが大切なことです。

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