視覚障害の臨床診断の伝え方
総論
- (1)先天性盲ろうと診断された場合
まず第一に、盲ろうで生まれた子供でも、この世に生を受けたことを祝福してあげてください。患児には潜在能力があり、それを引き出す努力を医療・行政・支援団体などとともにこれからしていきましょうと前向きに伝えることが重要です。実際に盲ろう者でも勉学し、趣味を持ち、仕事をしている人もあります。今後はさらに医療や介護器具の進歩も期待され、社会参加が進むことが望まれますので、困難はありますが未来に希望を持って前を向いて進んでいきましょうとエールを送ってあげてください。その上で、患児の検査や治療をスムーズに行うには親の付き添いなどの協力が必要なことを告げます。知的障害があれば困難は増しますが子供の能力を引き出す努力をしていきましょうと伝えてください。また盲ろう疾患への対策の向上のために今後の調査への協力をお願いしてください。支援の組織には全国盲ろう者団体連絡協議会・東京盲ろう者友の会・東京都盲ろう者支援センター・全国盲ろう者協会・盲ろうの子とその家族の会ふうわ・CHARGEの会などがあります。
ダウン症や先天性風疹症候群などで先天性白内障などの眼科的治療が必要な疾患が発見されれば早期に専門医への紹介が必要です。また、Usher症候群など聴覚障害が明らかになった段階で視覚障害が明らかでない場合は、将来発生する視覚障害の程度は千差万別なので、重すぎる説明は避け、視覚障害が現れたその時々にその症状にあった治療や対応を考えるべきことを伝えます。親への告知の時期は、生直後から難聴が判明した場合は早期の介入が望ましいため難聴の告知は早い方が良いのですが、視覚障害が成長の過程で出てくる場合には母のマタニティーブルーが収まる産後2週間以降が良いと思われます。
- (2)後天性盲ろうと診断された場合
種々の脳炎・脳卒中・頭部外傷(転落・転倒・交通事故その他)による後天性盲ろうの場合、眼科的には遮光眼鏡(特殊なサングラス)、見にくさを補う補助具の使用(ロービジョンケア)などが中心となりますので、専門医での検査・診断や各地のライトハウス(視機能障害者支援施設)での相談を勧めて下さい。学童の場合は盲学校への入学・編入も考えられます。
各論
- (1)盲ろうとなる疾患
- 1) 染色体・遺伝子疾患
CHARGE症候群、ダウン症候群、Usher症候群、Stickler症候群、Dandy Walker症候群、コルネリアデランゲ症候群、コケイン症候群、ターナー症候群など - 2) それ以外の先天性疾患
先天性風疹症候群、先天性サイトメガロウイルス感染症、未熟児 - 3) 後天性疾患
脳炎・脳卒中・頭部外傷(転落・転倒・交通事故その他)など
- 1) 染色体・遺伝子疾患
- (2)各疾患の眼合併症
- 1) CHARGE症候群(三島祐子:CHARGE症候群の有病率と臨床像の検討.大阪府立母子保健医療センター雑誌 27; 8-16p 2012)
虹彩・脈絡膜欠損、視神経欠損(コロボーマ) - 2) ダウン症候群(眼科診療ガイド 612-3p 文光堂 2004)
白内障、屈折異常、斜視、眼振 - 3) Usher症候群(難治性疾患研究班情報 http://www.nanbyou.or.jp/entry/918)
網膜色素変性症(網膜色素変性症診療ガイドライン 日眼会誌 120: 846-861, 2016) - 4) Stickler症候群(渡邉展佳:Stickler症候群に発症した裂孔原性網膜剥離の1例.日眼会誌 114:454-58p 2010)
網膜剥離、屈折異常 - 5) コルネリア デ ランゲ症候群(小児慢性特定疾患情報センター 7 https://www.shouman.jp/disease/details/13_01_007/)
緑内障、視神経萎縮・欠損、小角膜、眼振、屈折異常 - 6) コケイン症候群(難治性疾患研究班情報 http://www.nanbyou.or.jp/entry/4436)
網膜色素変性症、白内障、視神経萎縮・欠損、小眼球 - 7) ターナー症候群(加藤健:知っておきたい耳鼻咽喉科領域における症候群―内分泌障害を伴うもの ターナー症候群ENTONI 138: 35-41, 2012)
白内障、眼瞼下垂、斜視、小角膜、小眼球 - 8) ダンディー・ウォーカー症候群(小児慢性特定疾患情報センター 9 https://www.shouman.jp/disease/details/11_03_009/)
水頭症を主症状とする中枢神経異常による視機能障害 - 9) 先天性風疹症候群(眼科診療ガイド 606p 文光堂 2004)
白内障 - 10)先天性サイトメガロウイルス感染症(眼科診療ガイド 607p 文光堂 2004)
網脈絡膜炎 - 11)未熟児(眼科診療ガイド 443-4p 文光堂 2004)
未熟児網膜症・網膜剥離、斜視、屈折異常
- 1) CHARGE症候群(三島祐子:CHARGE症候群の有病率と臨床像の検討.大阪府立母子保健医療センター雑誌 27; 8-16p 2012)
- (3)各眼科疾患の詳細
- 1) 網膜色素変性症(網膜色素変性症診療ガイドライン日眼会誌 120: 846-861, 2016)
Usher症候群やコケイン症候群でみられる他、原因不明の盲ろうにもみられます。網膜は眼球内部の一番奥にあり、光や色を感知する神経からできた薄い膜です。眼球を昔のカメラにたとえると網膜はフイルムにあたり、デジカメやスマホのカメラでは光を電気信号に変える半導体に相当します。網膜は外界の光や色を電気信号に変え、信号は視神経によって脳へ伝えられ物を見ることができるのです。網膜色素変性症は網膜に異常をきたす遺伝性、進行性の病気です。網膜には様々な細胞(網膜を構成する部品のようなもの)があり、それぞれ大切な働きをしていますが、網膜色素変性症ではこの中の視細胞という細胞が障害されます。視細胞には2種類あり、ひとつは杆体(かんたい)細胞といい、暗いところでの見え方や視野の広さなどに関係します。いまひとつは錐体(すいたい)細胞といい、これは網膜の中心部(黄斑といいます)に密に分布し、視力や色覚をになっています。網膜色素変性症は杆体細胞が障害されるため暗いところで物が見にくくなったり(夜盲)、視野が狭くなったりします。病気が進行すれば矯正視力(適切な眼鏡をかけた時の視力)も低下します。
主な原因は遺伝子の異常です。遺伝子とはいわば網膜の設計図で、両親から半分ずつ受けついだものです。原因となる遺伝子異常には多くの種類があり、それぞれの遺伝子異常に対応した病気の型があります。また同じ遺伝子異常であっても病気の進行は同じとは限りません。
- ① 夜盲の現れ方
乳児期: 昼間は正常なのに薄暗い時には哺乳ビンの位置がわからない。また目が小刻みに揺れる(眼振)など。 幼児期: 夜間のみ大人の手にすがったり伝い歩きをするなど。 少年期以降: 暗い部屋で物が見にくい。野球の練習などで日暮れになるとボールが見にくくなる。日暮れ以降の仕事でミスをしてしまうなど。ただ子供自身はそれが異常だと自覚しないことが多い。 - ② 明るい所での視野狭窄の現れ方
夜盲が表れて数年~10年くらいで明るい所でも周辺の視野に見えない部分(暗点)がでます。これは無意識に眼を動かすことで補なえるため自覚しないことも多いです。数年単位で暗点は徐々に拡大し、最終的には中心しか見えないようになります(求心性視野狭窄)。こうなると歩行時に段差を見落として転倒したり、車や自転車が目の前にくるまで気がつかなかったりなどの危険を伴います。また食卓で何かを取ろうとして、途中の物を倒してしまうこともあります。逆に明るい場所が異常に眩しく感じることもあります(羞明(しゅうめい))。大多数では中心視野は維持され完全失明は少ないです。また病気の進行は個々の患者によって随分異なり、青年期で失明近くにまで進行する人もいれば、老年になっても日常生活に余り不自由を感じない人もいます。 - ③ 中心が見にくくなる場合
(a)錐体細胞の障害(b)黄斑浮腫(ふくれること)(c)白内障などがあります。(a)の治療法はありませんが、(b)は薬物治療で改善が期待でき、(c)は手術で治せます。 - ④ 治療
現在根本的治療はなく、ビタミンA・循環改善薬などの内服や、症状に合わせた遮光眼鏡(特殊なサングラス)、補助具の使用があります(ロービジョンケア)。進行は遅いので将来の準備ができます。進行しても補助具やソフト(アプリ)によって読み書きやインターネット・メールのやり取りが可能です。補助具の技術はさらに進歩すると思われます。
将来に向けて、遺伝子治療、網膜移植、人工網膜などの研究が行われています。
- ① 夜盲の現れ方
- 2) 白内障
水晶体の混濁する状態で、先天性には風疹症候群やダウン症で起こり、進行すると本来黒い瞳が白く見えます。Usher症候群などの網膜色素変性症の進行過程で発症することもあります。軽い場合視力に影響はなく、経過観察や進行予防の点眼薬が処方されることもありますが、進行して視力に影響すれば手術が必要です。 - 3) 緑内障
眼球の内圧(眼圧)が上昇する疾患で、先天性では角膜や眼球自体が拡大することがあります(牛眼)。眼圧の正常値は21mmHgまでです。高眼圧による視神経障害を緑内障と呼び、進行性の視野狭窄や視力低下が起こります。治療には眼圧を下げる点眼、内服、手術があります。成人では眼圧が正常範囲でありながら緑内障性の視神経障害を起こす場合があります(正常眼圧緑内障)。治療は視野狭窄や視力低下の進行を防止することが目的であり、現状の視野狭窄や視力低下を改善することはできません。 - 4) 斜視
左右の眼球が見ようとする目的物に一致して向かない状態です。視力の発達が妨げられる(弱視)ため多くの場合手術が必要です。屈折異常を眼鏡で補正すれば手術が不要となる場合もあります。専門医による診断が重要です。 - 5) 虹彩・脈絡膜欠損、視神経欠損(コロボーマ)
眼球の形作られる過程(発生)での先天異常です。治療法はありません。欠損の部位や程度により、視機能障害がない場合から高度な場合まで様々です。 - 6) 眼振
一般に生後すぐから現れ、視機能障害は高度な場合から比較的軽度な場合まであります。根本的な治療法はありません。 - 7) 屈折異常
近視、遠視、乱視をいいます。高度であると視力の発達が障害されます(弱視)。眼鏡矯正が必要です。 - 8) 未熟児網膜症
網膜血管の発育不足が原因で出生体重1500g以下の児に多くみられます。経過観察のみで正常化する児が多いのですが、重篤な場合は治療が必要です。治療には通常網膜光凝固術(レーザー凝固術)が施行されます。重症化すると網膜剥離を起こし失明につながります。失明を防ぐため手術が施行される場合もありますが、成功率は高いとは言えません。網膜血管の正常発育を助ける薬剤の眼球内注射が研究されています。 - 9) 網膜剥離
網膜が浮き上がってしまう状態でStickler症候群の発育過程や、未熟児網膜症の進行期で起こります。手術が必要ですが治癒の得られない場合もあります。
- 1) 網膜色素変性症(網膜色素変性症診療ガイドライン日眼会誌 120: 846-861, 2016)