ミトコンドリア病
疫学
ミトコンドリア病の疫学調査は少ないが、スウェーデン西部におけるミトコンドリア病は、16歳以下の人口の4.8人/10万人、就学前人口で9.1人/10万人1)、オーストラリアのビクトリア州で1/1万人2)、北東イングランドでは成人のミトコンドリア脳筋症は6.6/10万人3)との報告があります。本邦では2002年に厚生労働化学研究班の疫学調査で神経筋疾患を主徴とする狭義のミトコンドリア異常症は741例報告があり、内訳はメラス(mitochondrial myopathy, encephalomyopathy, lactic acidosis and stroke-like episodes)233例(31.4%)、カーンズ・セイアー症候群(KSS)159例(21.5%)、リー脳症135例(18.2%)4)でこの3つがミトコンドリアの三大病型とされています。小児科ではリー脳症、メラス、KSSの順に多いです。糖尿病を呈すA3242G変異のミトコンドリアDNA異常症は全糖尿病患者の約2%(約13万人)と推測されており、潜在的な疾患人口はこれまでの予想より多いと考えられています5)。尚、ミコトンドリア遺伝子異常は母系遺伝しますが、ミトコンドリア病の中で核遺伝子の変異によるものは常染色体優性もしくは劣性遺伝形式をとります。
原因
エネルギー代謝の中核として働く細胞内小器官ミトコンドリアの機能不全により、神経、筋、および全身臓器の種々の症状を呈します。ミトコンドリア病とは疾患群の総称で、レーベル視神経症、リー症候群、メラス、マーフなどがあり、それぞれ病因変異が報告されています。それぞれの疾患に対応するmtDNA異常が確認されており、遺伝形式は母系遺伝(ミトコンドリア遺伝)を特徴としますが、核遺伝子異常による場合もあります。
視覚障害の自然歴
眼瞼下垂、眼球運動障害、網膜色素変性、視神経症、白内障、皮質盲などの様々な眼科的異常を示します。
(1)症状
- 1) 眼瞼下垂
初発症状として見られることが多く、片眼性から両眼性へと徐々に進行し、高度となると視力障害を呈するようになります。慢性に進行し日内変動などの症状の動揺はみられません。
- 2) 眼球運動障害
眼瞼下垂よりも数年遅れて出現し、全方向への眼球運動障害が認められます。徐々に進行し眼瞼下垂も高度であるため複視の訴えはほとんどありません。
- 3) 斜視
第一眼位で外斜視などが認められる場合があります。
- 4) 兎眼
閉瞼不全により角膜炎を呈し治療を要する場合もあります。
- 5) 網膜色素変性
59人の患者のうち16人において網膜色素変性が確認されたとする報告があります6)。
- 6) 視神経症
視神経萎縮を呈します。
- 7) 糖尿病網膜症
全身的な糖尿病の合併に伴い、糖尿病網膜症が出現する可能性があります。
- 1) 眼瞼下垂
(2)主要病型毎の眼症状
- 1) レーベル遺伝性視神経症(LHON)
急性あるいは亜急性に視神経症に伴う視力障害が進行します。一側の中心視力低下で発症し数カ月後には対眼にも発症します。視力は0.1以下になることが多いです。視力障害が高度な割に対抗反応が保たれることが特徴ですが、初期の片眼のみの場合にはRAPD陽性となることがあります。
発症初期には視神経乳頭は充血ぎみで視神経周囲に微細血管拡張症を認め、乳頭の境界は軽度不明瞭鮮明で乳頭浮腫状を呈します。急性期を過ぎると視神経は萎縮し視力は高度に低下することが多いですが、視野の障害部位は様々です。視力には自然回復例も存在します。
- 2) リー症候群
乳幼児期に発症し慢性進行性の経過をたどります。
眼振が最も多く、斜視、視力障害、眼瞼下垂を呈することも多いです。
- 3) メラス
多くは小児期に最初の脳卒中様症状が出現し、脳卒中症状として視神経萎縮や、また網膜色素変性に伴う視野・視力障害の頻度が高いです。
- 4) マーフ
発症は小児期から成人まで幅広く、ミオクローヌス、全身性のてんかん発作、小脳性失調を主症状とします。眼科的には眼瞼下垂、視神経萎縮、網膜色素変性、視覚障害、白内障などを呈します。
- 5) 慢性進行性外眼筋麻痺症候群
初発症状は眼瞼下垂が最も多く、そのうち3/4が両側でしたが残りは片側でした。初発症状としては少ないですが後に出現する眼症状として、外眼筋麻痺に伴う眼球運動障害や網膜色素変性に伴う視力、視野障害も認められます7)。
- 1) レーベル遺伝性視神経症(LHON)
聴覚障害の自然歴
ミトコンドリア病の中で、ミトコンドリア遺伝子のA3243G変異はメラスにおいて発見され、母系遺伝する感音難聴を伴う糖尿病で知られています。A3243G変異をもつ糖尿病患者の6割に感音難聴を認めます8)。A3243G変異の難聴発症は30歳代で多く、進行は比較的緩徐(1.5~2.8dB/年)と報告があります。またアミノグリコシド系抗生物質による難聴発症と関連があるA1555G変異の難聴症例の中にはアミノグリコシド系抗生物質の使用歴が無い症例でも老年期に突然難聴を発症し難聴の進行を認めた症例の報告もあり9)、アミノグリコシド系抗生物質以外にも難聴発症の誘因がある可能性が示唆されています。ミトコンドリア遺伝子変異例においては、内耳が好気的エネルギー代謝に依存しているために変異mtDNAにより内耳障害を受けやすいとされています。また、ミトコンドリア脳筋症の難聴では語音明瞭度低下がみられますが、中枢神経や筋組織での血管病変が聴覚神経路に生じて後迷路性障害を呈す機序が推測されています9)。ミトコンドリア遺伝子変異による難聴は、多くが成人以降の発症で、遺伝性難聴としては発症が遅発性で進行が緩徐な例が多く、障害部位としては内耳性、後迷路性があります9)。
眼科診療の注意点
対症療法は各臓器症状に応じて適切に行われる必要があり、患者の全身状態の改善のため極めて重要です。臨床経過は眼科的にも全身的にも症例によって差が大きく、一般的な予後については、現状の様子と経過をみながら判定することになります。全身的な治療としてはCoenzymeQ10が抗酸化作用やミトコンドリア内エネルギー代謝改善作用を有するとされ広く利用されていますが、効果は劇的ではありません。
耳鼻咽喉科診療の注意点
mtDNA変異は細胞質遺伝・母系遺伝であり、再発率についての正確な情報は得られず、ミトコンドリア異常による難聴は遅発性発症、進行性が多いため、家族歴がある場合には慎重な経過観察を要します。
文献
- 1) Darin N, Oidfors A. Moslemi AR, et.al: The incidence of mitochondrial encephalomyopathies in childhood: clinical features and morphological, biochemical, and DNA abnormalities. Ann Neurol 2001;49:377-383.
- 2) Thorburn DR: Mitochondrial disorders: prevalence, myths and advances. J Inherit Metab Dis 2004;27:349-362.
- 3) Chinney PF, CTurnbull DM: Epidemiology and treatment of mitochondrial disorders. Ann J med Genet 2001;106:94-101.
- 4) 古賀靖敏:MELASのL-アルギニン療法. Annual Review 神経2007, 中外医学社;2007:233-245頁
- 5) 古賀靖敏:ミトコンドリア病の診断と治療. 脳と発達 2010;42:124-129.
- 6) Gronlund MA, Honarvar AK, Andersson S, et al: Ophthalmological findings in children and young adults with genetically verified mitochondrial disease. Br J ophthalmol 2010;94(1):121-127.
- 7) Yamashita S, Nishino I, Nonaka I, et al: Genotype and phenotype analyses in 136 patients with single large-scale mitochondrial DNA deletions. J Hum Genet 2008;53:598-606.
- 8) Gerbitz KD, van den Ouweland JM, Maassen JA, et al: Mitochondrial diabetes mellitus; a review. Biochem Biophys Acta 1995;1271:253-260.
- 9) 宮本俊輔, 佐野 肇, 小野雄一, 他:難聴患者におけるミコトンドリア遺伝子変異の検討. Audiology Japan 2003;46:595-599.