視覚聴覚二重障害の医療(盲ろう,視覚聴覚重複障害)盲ろう医療支援情報ネット

厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患政策研究事業)
日本医療研究開発機構(AMED)(難治性疾患実用化研究事業)

ホーム 診療マニュアル > 新しい治療法

先天性および若年性の視覚聴覚二重障害の原因となる難病の診療マニュアル(第1版)

新しい治療法

遺伝性希少疾患における診断から治療へのアプローチ

遺伝性希少疾患に関する診断から治療へのアプローチは近年劇的な変化を遂げています。標準とされる6行程(1.クリニックにおける臨床検査・診断、2.遺伝子学的検査・診断、3.臨床診断と遺伝学的診断の相関確立ならびに最終確定診断、4.臨床治験導入、5.治療効果の評価と適応確定、6.治療の社会実装)を経る形で、遺伝性疾患に対する診断から治験導入、社会実装が行われています1)。特に、この数年における遺伝医学分野での技術革新、情報共有・統合化の加速に伴い、欧米を中心に遺伝性希少疾患に関する臨床治験導入が拡大し、遺伝子治療、薬物治療(核酸医薬、カスケード作用薬など)、再生細胞治療などの先鋭的臨床治験に参加する遺伝性難病患者の数が指数関数的に増えています2)

視覚聴覚二重障害の原因疾患にも将来治療対象となる疾患が複数含まれており、根本治療を目指した新しい治療法に関する研究・治験が精力的に進められています。

生物製剤を用いた代表的新規治療

  • (1)遺伝子治療

    遺伝子治療とは、異常な遺伝子を持っているために機能不全に陥っている細胞の欠陥を修復・修正することで病気を治療する手法です。代表的なものでは、遺伝子変異のある遺伝子を変異のないものと置き換える遺伝子置換治療、特殊な機能(例えば神経を保護する機能や光を電気に変える機能)を獲得させるための遺伝子を加える、遺伝子導入治療等があります。

    • 1) 遺伝子置換治療

      現行の遺伝子治療の中で、遺伝子置換治療が最も社会実装に近いものであると言われています。レーベル先天黒内障は視覚障害を始め、聴覚障害、その他の症候性障害を有する確率の比較的高い疾患であり、20を超える原因遺伝子が同定されています3)。この中で頻度の高い原因遺伝子RPE65に起因するする網膜症に対しては、特に疾患理解が進んでおり、遺伝子変異の重症度と進行との関連が明らかにされています4)。疾患理解が進む中で、同疾患への治療が複数開発されるに至り、その中でもアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを神経網膜下に手術で注入する遺伝子置換治療の安全性・有効性が確認され2017年12月にアメリカ食品医薬品局(FDA)で承認されました5)。レーベル先天黒内障(RDH12、GUCY2D)、網膜色素変性症(RPGR、RP2、PDE6B)、コロイデレミア(CHM)、アッシャー症候群(USH2A、MYO7A)、スターガルト病(ABCA4)等について、網膜症に関する遺伝子置換治療の開発・臨床治験が世界中で進んでいます。

    • 2) 遺伝子導入治療

      遺伝子置換治療が機能低下や進行を直接的に抑制する治療法であるのに対し、遺伝子導入治療は体外から遺伝子を導入する事により、組織に必要とされる既存の物質や機能を供給する、もしくは組織にもともと存在しない機能を新たに供給する方法です。2005年に、有毛細胞の発生に重要な調節因子であるAtoh1遺伝子をアデノウイルスベクターによって非感覚細胞に導入した結果、難聴の成熟内耳において有毛細胞の再生が誘導され、聴覚閾値が改善したと報告され6)、米国にて臨床治験が行われています(ClinicalTrials.gov Identifier: NCT02132130)。眼科領域では、サル免疫不全ウィルス(SIV)ベクター(DVC1-0401)を用いて神経栄養因子(色素上皮由来因子:PEDFなど)を網膜色素上皮細胞や視細胞に遺伝子導入してアポトーシスを抑制する遺伝子導入治療が網膜色素変性症を対象に行われています(UMIN000034081)。最近では、視細胞の主な役割である光を電気信号に変える機能を新たに供給する、オプトジェネテイクスという治療法が開発され、視細胞を失い失明状態に陥った網膜色素変性症患者を対象に、再度光化学変換機能を供給する事で光感受性を取り戻す、という治療が欧米で臨床治験として開始されています(ClinicalTrials.gov Identifier: NCT02556736)7)

  • (2)薬物治療

    遺伝性疾患では一般的に遺伝子(DNA)の異常がRNAの異常、タンパク質の異常に繋がり結果として病気に至ります。遺伝子治療がDNAそのものに対して働きかける治療であったのに対し、薬物治療はRNA、タンパク質の異常、さらにはその先のカスケード(次々と反応が進む事で、タンパク質などが複数関係し合って機能する際のグループ)に作用するものが多いです。異常なRNAの精製を抑える方法として核酸医薬などがあり、高い特異性に加えてmRNAやnon-coding RNAなど従来の医薬品では狙えない細胞内の標的分子を創薬ターゲットにすることが可能となっています。特に、レーベル先天黒内障(CEP290)、アッシャー症候群(USH2A)、Stargardt病(ABCA4)等を対象に、核酸医薬を用いた治療が開始・開発されています(NCT03140969)。また、特定のカスケードに作用して、有害物質の蓄積を抑制する治療についても開発が進んでおり、一例としては、ビタミンA代謝を抑える事でスターガルト病の進行を抑える内服薬による治療治験が世界規模で行われています(NCT03772665)。

  • (3)再生細胞移植

    遺伝性疾患では一般的に遺伝子(DNA)の異常の結果、組織が萎縮し、正しく機能する細胞が少なくなってしまいます。失われてしまった細胞を胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)から新たに体外で作り出し、病気である体内に移植し機能の回復させる治療(再生細胞移植)の研究・治験が進んでいます。例えば、網膜色素上皮(RPE)細胞の萎縮が遺伝子異常を原因として進行するStargadt病に対するにES細胞由来RPE細胞の移植治療や8)加齢黄斑変性に対するiPS細胞由来RPE細胞の移植治療が治験段階に入っています9)。さらには、iPS細胞からあらかじめ組織や臓器の細胞を作り治療薬を開発するiPS創薬も盛んにすすんでおり、一例としては、Pendred症候群の難聴・めまいに対する低用量シロリムス療法が臨床治験中となっています(UMIN000033083)10)

参考文献

  • 1) 藤波芳. 図説「目で見る遺伝医学」シリーズ(No.5)遺伝性網膜疾患の現状と展望. 医療 2016;70(6):282-287, 2016.
  • 2) Smith J, Ward D, Michaelides M, et al. New and emerging technologies for the treatment of inherited retinal diseases: a horizon scanning review. Eye (Lond) 2015;29(9):1131-40.
  • 3) Kumaran N, Pennesi ME, Yang P, et al. Leber Congenital Amaurosis / Early-Onset Severe Retinal Dystrophy Overview. In: Adam MP, Ardinger HH, Pagon RA, et al., eds. GeneReviews(R). Seattle (WA)2018.
  • 4) Kumaran N, Rubin GS, Kalitzeos A, et al. A Cross-Sectional and Longitudinal Study of Retinal Sensitivity in RPE65-Associated Leber Congenital Amaurosis. Invest Ophthalmol Vis Sci 2018;59(8):3330-9.
  • 5) Russell S, Bennett J, Wellman JA, et al. Efficacy and safety of voretigene neparvovec (AAV2-hRPE65v2) in patients with RPE65-mediated inherited retinal dystrophy: a randomised, controlled, open-label, phase 3 trial. Lancet 2017;390(10097):849-60.
  • 6) Izumikawa M, Minoda R, Kawamoto K, et al. Auditory hair cell replacement and hearing improvement by Atoh1 gene therapy in deaf mammals. Nat Med 2005;11(3):271-6.
  • 7) Tomita H, Sugano E, Murayama N, et al. Restoration of the majority of the visual spectrum by using modified Volvox channelrhodopsin-1. Mol Ther 2014;22(8):1434-40.
  • 8) Schwartz SD, Regillo CD, Lam BL, et al. Human embryonic stem cell-derived retinal pigment epithelium in patients with age-related macular degeneration and Stargardt's macular dystrophy: follow-up of two open-label phase 1/2 studies. Lancet 2015;385(9967):509-16.
  • 9) Mandai M, Watanabe A, Kurimoto Y, et al. Autologous Induced Stem-Cell-Derived Retinal Cells for Macular Degeneration. N Engl J Med. 2017;376(11):1038-46.
  • 10) Hosoya M, Fujioka M, Sone T, et al. Cochlear Cell Modeling Using Disease-Specific iPSCs Unveils a Degenerative Phenotype and Suggests Treatments for Congenital Progressive Hearing Loss. Cell Rep 2017;18(1):68-81.

ページ先頭へ